★「寒い夏」とは?
さて、夏も終わりである。
今年は冷夏で観光地はどこも閑古鳥が鳴いていたようだ。「季節労働者」の異名を取る(?)TUBEも、とあるラジオで「いや〜、今年は商売あがったりですよ!」と嘆いていたので思わず笑ってしまったが。まじめな話、影響を受けた商売の方も多いと思う。が、まったくお気の毒としかいいようがない。
私の実家はとある温泉地の一角にあるが、お盆に帰省しても三日三晩激しい雨に降り込められ、墓参りにも行けなかった。仕方がないので仏壇に手を合わせるだけだったのだが、天国(いや「極楽」か)にいるじいちゃんには届いたかなあ。ごめんね、じいちゃん。
ところで、皆さんは「夏の終わりの曲」といえばどんなものを思い浮かべるだろうか。
私の場合は、山下達郎の『僕の中の少年』(1998)というアルバムの中の「寒い夏」という曲である。
ある木曜日の朝、僕の何気ない一言をきっかけに君は出ていった
主をなくしたティーカップやまだカルキのにおいがする君の水着
今、僕ははるか遠い夏のあの笑い声を思い出している
取り戻したいのは若さや時間なんかじゃなく、愛しい人
一人じゃ生きていけない・・・
(※ホントは歌詞を書きたいけど著作権料が生じるので・・・)
・・・とまあ、こんな感じの内容なのだが、愛する人を失った自分の心のありようを「寒い夏」と表現するあたりはさすがである。また、「主をなくした〜」という情景描写のくだりは、日本のポップスとしては非常に珍しくクリスマスソングのスタンダードとなった『クリスマス・イブ』で、心象風景を降り積もる雪になぞらえたのと共通する彼ならではの世界だ。
誰しも一度は「若さ」や「時間」を取り戻したい、と願うものだ。
たとえば私も、ふと「あの年の夏休みに戻れるなら全財産をなげうってもいい」などと考えたりすることがある。
が、もちろん「若さ」や「時間」は決して取り戻すことはできない。それに比べれば「愛しい人」を取り戻す事の方がはるかに簡単だろう。
だからこそ、悲しい。
この歌にはそんな夏への哀惜が込められていると思う。
非常に地味な曲なのだが、今のような「夏の終わり」のやるせない雰囲気にピッタリの佳曲であると思う。もう一曲、こちらはシングルになった『さよなら夏の日』と併せて一聴をおすすめする。
・・・などと、素人のくせにえらそうな音楽評論をブチかませる幸せをかみしめつつ、静かに夏の終わりを迎えたいと思う。ファンの方すいませんでした<(_ _)>。
P.S.
そうそう、そういえば ♪む〜ぎわ〜ら〜ぼうしは〜 なんて歌もあったっけ。あれもいい曲だなあ(何の歌かすぐわかった方は「青年」とよばれるにはちょっとビミョ−な年齢、かもしれません)。