8.当世高校写真部事情

★イマドキの写真部はですねえ・・・
私は高校写真部の顧問をしている。今は1年生だけ4人が入部、少人数ながらも元気に活動している。この夏休みには一泊ながら合宿までやった。え?単なる遊びだろうって?失礼な!ちゃんと知識の学習や撮影会、批評会もやったんですぞ。まあ、夜の自由時間に「怖い話大会」ぐらいはやりましたけど(笑)。
それはさておき、写真部というと以前は「どこにも行き場のない生徒が入る部活」、または「オタク系の男子生徒(私がそうでした・・・)が入る部活」というとらえ方をされることが多かったように思う。しかし、今はそのあたりの事情は徐々に様変わりしている。
先日全国の高校写真部が集まる機会があってそこで改めて確認したのだが、実は部員の圧倒的多数は女子なのである(主観的に言えば80%)。



やはり使い切りカメラやプリクラ、カメラ付き携帯などの「女子高生文化」(そんなのあるのかな)が写真文化の裾野を広げた、ということなのだろうか。これらの共通点は要するに「過程のブラックボックス化」である。面倒な手順(たとえば現像や引き伸ばし)を省いて手軽に結果が得られる、という点につきる。デジタルカメラはその集大成といってよいだろう。
また強いて言えば、女性ならではの感性の豊かさや、何かにハマったときのねばり強さが写真部の活動に向いているのかもしれないと、ウチの部員を見ていて思ったりもする。もっとも、あまりなんでも原因を性別の違いに求めるのはよくないし、それが科学的に証明されたわけでもないので、うかつなことはいえないのですがね。


とにかく、私個人は、こうした写真文化の裾野の広がりについては基本的には大いに歓迎している。何にせよ、誰もが写真を気軽に楽しめる時代になったのだから、悪かろうハズがない。


ただ一方で、フィルム写真の文化で育った人間として一抹の寂しさを感じないわけではない。昔ながらの薬品のにおいをかぎながらの「面倒でナンボ」の「暗室作業」が徐々に消えていくことには若干フクザツな感慨を抱いているのも事実である。「このままでは白黒写真の文化は滅びてしまうのではないか?高校生にしっかり教えないとダメだ」という写真関係者の危機感にも大いに共感を覚える。
・・・では、そういう私はガチガチの「銀塩(フィルム。しかも白黒)コダワリ派」なのかというと実はそうでもなくて(なあんだ!)、デジタルの持つ手軽さ、HPなどへの応用範囲の広さ、修整の容易さなどの便利さは認めているし、「どのカメラを持ってでかけようかな」(私は道楽者なので、何台も持っている)というときにデジタルカメラを選ぶことが格段に多くなった。

しかし、いくらデジタルが進歩しても、中学の時、はじめて現像液の中に自分が撮った写真がフワーっと浮かび上がって来たのを見たときのアナログな感激は、おそらく一生忘れないだろう。そういう感覚はデジタルでは決して味わえないものだ。

しかし、デジタルでもフィルムでも、写真の本質はいささかも変わることはないと私は思う。
 
人生の中で二度と出会えない瞬間を、ずっと残したい。
その感動を、他の人に伝えたい。共有したい。

写真の持つ幅の広さ、奥深さは他の文化活動やスポーツなどにいささかも劣るところはない。イマドキの高校生の中にも、そんな写真の本質に魅力を感じ、前向きに写真に取り組む生徒は少なからず存在する。
私はそのことがたまらなく嬉しいし、彼らと接していると自分も高校生に戻れたような気がする。

私は、ささやかながら地域の高校生に写真を教える立場にある。そして、かつて自分が教わった顧問の先生と、今は同業者として再会している。本当に出会いとは不思議なものだ。

2学期になれば、階段下の倉庫を改造した狭い狭いわが写真部の部室には、生徒たちの元気な話声がまた響くことだろう。この秋は文化祭だ。


※蛇足ながら・・・
私が見る限り、高校生のデジタルカメラ保有率は意外に高くない。 やはりパソコンやプリンタなど周辺機器への投資が必要になることが主な理由では?実際は入門機クラスのAF一眼レフ(レンズ2本付きで3〜6万程度) が最も多いと思われる。