公務員の労働基本権とILO(国際労働機関)

 戦後の公務労働運動は2.1ゼネストから始まりますが、GHQによるスト中止命令、その後の政令201号による公務労働者の労働基本権の制限へと歴史が動きます。その後、公務労働者は、労働基本権の回復を目指して闘争を繰り広げるわけです。その際、指標としたのが、「ILO(国際労働機関)条約」です。

 このILO(国際労働機関)は、「労働条件の改善によって社会正義を実現し、ひいては世界に恒久平和を確立せんとの人類の希望のもとに、1919年、ヴェルサイユ平和条約第13編によって設立された」(『ILO条約・勧告集』労働省)機関です。最大の特徴は、他の国連機関と異なり、政府代表・労働者代表・使用者代表の3者が、同等の地位で構成されているのが特徴です。ちなみに第1条約(1919年)は、8時間労働を定めたものですが、日本はどうのこうの理由をつけていまだ批准していません。

 さて、戦後、労働基本権の回復をめざしてとりくんだ公務労働者がまずすすめたのは、ILOへの提訴、「ILO87号条約 結社の自由及び団結権の保護に関する条約」批准闘争でした。1957〜58年の公務労働者の闘争への処分を契機に、教職員組合では勤評反対休暇闘争などへの処分を契機に、公務労働者はILO闘争を展開し、その中で、日本の公務労働者の労働法制の不当性が国際的な批判にさらされました。そして、1965年、ドライヤー調査団が来日、日本の公務員の労働法制を調査し、報告書(「ドライヤー報告」)をまとめ、日本政府の同条約批准を求めました。そのため、ついに1965年、日本政府は87号条約を批准しました。

 ILO条約批准にともない、日本の公務員法制も「改正」されたのですが、職員団体の登録制度や在籍専従年数の制限など、必ずしもすべて良くなったと言えないのが難点です。今でも、「労使交渉では『管理運営事項』については交渉事項でない」などといっているのがその最たるものの一つと言えるでしょう。また、現在では、「ILO151号条約 公務における団結権の保護および雇用条件の決定のための手続きに関する条約」への関心が高まっています。

 ILOを活用した公務員の労働基本権回復などの闘争は現在も続いています。

 最近では、連合・全労連などが政府の進めている公務員制度改革についてILOに提訴し、2002年11月21日にILO理事会は、日本政府に「公務労働者に労働基本権を付与すべき」と勧告を採択したことは新聞などでも広く報道されました。また、全教が、現在、文科省がすすめる「指導力不足教員」や新勤評制度が「ILOユネスコ教員の地位勧告」を遵守していないと訴えたことに対して、2003年12月5日にその全教の訴えをILOユネスコ共同専門家委員会が全面的に認めたことが特徴的です。

 公務員制度をめぐる動きでは、このような国際的な動きにも注目することが大事です。