【給特法】(3)4%決定のいきさつと「二本建要求」

「教職調整額」は、本俸の4%となっています。その4%はどう決まったのでしょうか? 

 このことを知るためには、話は1960年代にさかのぼります。
当時、教職員の長時間勤務の実態は歴然としていたにもかかわらず、労基法上の超勤手当は支払われず、超勤手当支給要求が急速に高まりました。これを契機に各地で超過勤務手当請求訴訟が60年代に入って急増。静岡などの裁判を始め、多くの裁判で勝訴したのです。

こういう中で、人事院は教員の超勤手当について検討をせざるを得なくなり、64年の勧告の際に付属文書として報告書をだしました。それを受けて、66〜67年に1年間をかけて実態調査が行われました。これは、毎月4週、12ヶ月48週をかけ、毎月8千人弱、計9万5千人にのぼる大規模なものでした。

 その結果、服務時間外の超勤時間は、小学校2時間30分、中学校3時間56分、高校3時間30分と報告されました。この報告に基づいて、政府・文部省(当時)は、4%の「教職特別手当」(案ではこの名称)の支給を決めたのです。
 しかし、この調査は、最初から「付随関連活動」として、PTA活動や教科連絡協議会、自主研修などは除外している上、一切の持ち帰り仕事(例・自宅での教材研究、採点時間など)を勤務時間にカウントしないもので、その点が問題でした。

 こうして、「給特法」と「教職調整額」の4%が決定したのですが、それに対して、当時の日教組・日高教は、概ね「測定可能な勤務には労基法37条の適用(超勤手当)を、測定困難な勤務に対しては、定率の手当あるいは調整額の支給を」という要求をおこないました。これは、単純な「超勤制度の確立」を求めるものでなく、「二本建要求」とよばれています。


*法令まめ知識*「法令データ提供システム」
最近は、法令もインターネット上で公開されることが多くなりました。その中で、今回は「法令データ提供システム」を紹介します。法令名を入力すれば、それが出てきます。さっそく「労働基準法(労基法)」とか「国立及び公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法(給特法)」を調べてみましょうサイトは、こちら→ http://law.e-gov.go.jp/cgi-bin/idxsearch.cgi